これを読んで私が受ける印象は、「上手な人を見てガーンとなったけどそれでも描くのがやめられない」人でもなければ「描くのが楽しくて描くなと言われても描き続ける」人でもない。
こう言っちゃなんだけど、「絵をきっかけにして誰かに認めてもらいたい」だけで、そのときの「絵」は、「文章」でも「キーボード」でも任意に交換可能なものでしかないんだと思う、この人の中では。
 
でまあ、「絵」なり「キーボード」なりがお手軽承認欲求のツールでしかないこと自体が、悪いとは思いませんよ?
絵にしろ音楽にしろ、プロとは別の次元で楽しんではいけないってことは全然ない。
これ、よくスポーツマンガである「楽しむことが目的のチームがあっちゃいけないか」問題だよね。
 
で も、自分でも書いてる通り、中途半端な承認欲求を満たしたいときに、「インターネット」なるもの全体を相手にして”今のインターネットも上級者しかいない ゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。”と言ってしまうのはやっぱり「上のステージをフォーカスして」物を言っているように思う。
「中途半端な努力」で得られる承認の数は、傍に上級者がいようがいまいがさほど変わらない。多分。
どちらかというと、「中途半端な努力でも承認してもらえる」仲間の見つけ方、この人に必要なのはそちらの方かも知れない。