施設にいる婆ちゃんに話を伺ったら「この歳になると新しいこと以外はだいたい知ってる。でもそれを言うと可愛げのない婆になる。だから知らないふりをしておく。これが可愛がられる年寄りのコツ」といっていた。もっともだ。あらゆることに応用が効く含蓄のこもったお話。
Twitter / manshiro (via chlono)
2011-01-29 (via gkojax-text)
2011-01-29 (via gkojax-text)
2011-08-17
(via quote-over100notes-jp)(motoveneから)
人の孤独の総量は、みな平等である。この年になってそう思う。だが、自分の孤独だけは特別だと思い込みその考えに囚われると、人は自壊する。人生は孤独との戦いだけど、そンな事は忘れたフリをしてシレッと生きる、それが、大人である。(小池一夫)
自己犠牲が素晴らしいなんて教えんな。大抵それは間違った自己犠牲だから
快適な現代社会を支えるには、大量の低賃金サービス労働者が必要となる。それに甘んじたのが若者だった。マクドナルドで、コンビニで、24時間営業のスーパーで働くバイトに高度な能力はいらない。低賃金でニコニコ、文句を言わずに働いてくれればよいのです。スマイル0円とは「微笑む」という労働の価値が「0円」ということだもの。
このような社会は、ゼロ年代以降の私たちがうすーく内面化している自己責任論と相性がよい。「選んだ地位はあなたの努力の結果なので、社会に文句は言わないで下さい」というわけです。
経済をうまく回すため「周辺」の安価な労働力を利用する。そうしてこの国は成長してきたんだよね。
ところで戦後長らくその周辺を担ってきたのは、女性だった。70年代以降の日本が高度消費社会化するにつれ、大量に必要となった低賃金サービス労働を最初に担ったのは主婦パートだったのだ*2。日本では安価なサービス労働を担う主婦がいたから、移民が必要なかったんだね。そこに80年代以降、若者と「企業に滅私奉公することを希望しない女性」が加わっただけ、とも言える。
それまでは主婦パートがやっていた単純労働を若者もやるようになったから、日本のサービス業はこんなに上手く回っている。若者と多くの女性たちは「あなたの選んだ地位は全てあなたの責任で引き受けてね、社会のせいにしないでね」という自己責任論のもと、周辺に甘んじ続ける。
小池一夫があしたのジョーを褒めちぎっていたら梶原一騎が「うん、やっぱりそうなのか」と呟き遠い目をして「あれはちばてつやの才能だよ」








